CRISPR
前略
CRISPRシステムによる免疫システムは3つの過程に分けられるそうですね。
最近読んだManica, Schleper(2013, CRISPR-mediated defense mechanisms in the hyperthermophilic archaeal genus Sulfolobus, RNA Biology 10:5, 671–678)(doi: 10.4161/rna.24154)では,
The CRISPR Cas system activity can be divided into three temporally and functionally distinct processes: adaptation, expression/processing and interference. All these steps involve different sets of Cas proteins (CRISPR-associated proteins), and in some systems, endogenous non-cas gene products.
とあります。
また,Rath et al. (2015, The CRISPR-Cas immune system:Biology, mechanisms and applications, Biochimie 117, 119-128)(doi: 10.1016/j.biochi.2015.03.025)では,
The first stage, adaptation, leads to insertion of new spacers in the CRISPR locus. In the second stage, expression, the system gets ready for action by expressing the cas genes and transcribing the CRISPR into a long precursor CRISPR RNA (pre-crRNA). The pre-crRNA is subsequently processed into mature crRNA by Cas proteins and accessory factors. In the third and last stage, interference, target nucleic acid is recognized and destroyed by the combined action of crRNA and Cas proteins.
と記述しています。
ところが,日本語のWikipedia(accessed 2016-10-08)では,これらのような3つのプロセス名を使わずに説明しており,英語版のWikipedia(accessed 2016-10-08)では,Spacer acquisition,Biogenesis,Interferenceの見出しをつけ,解説図の中では,acquisition, crRNA processing, interferenceを使っています。第1段階については表の中で一度だけadaptationという表現を用いています。
さらに,CRISPRの発見者,石野良純は生物工学 第94巻の「バイオよもやま話」(PDF)で,
このシステムは,獲得(adaptation)発現(expression),切断(interference)という3段階で進行すると理解されている
と記述しています。石野が参考にしている文献の1つが上述のRathらのものです。
こういった状況を見ると,用語として統一されていないということなのでしょうか。
第1段階:adaptation(acquisition)……外来遺伝要素から断片を切り出しスペーサーとしてCRISPRに組み込む
第2段階:expression,もしくはprosessing……pre-crRNAとして長鎖RNAを転写し,crRNAに加工
第3段階:interference……外来遺伝要素とcrRNAが相補的に結合し特定配列部位で外来核酸を切断
それぞれの段階で,異なるCasタンパク質がはたらく,というでしょう。
新しい領域なので用語が定まらないのは仕方ないのかもしれませんが,日本語の用語もはっきりしませんね。大まかにしか見ていませんが,はっきり示していたのは石野の資料だけでした。
第1段階については,過程の内容から,adaptationよりacquisition(獲得)の方が合っているようにも思いますが,大局的に見ると適応的免疫の一つであり,CRISPRにとって最も重要なプロセスなので,adaptation(適応)の方がいいとも言えるでしょう。そもそも,免疫でも,適応的な獲得免疫,などと表現しますし,英語でもadaptive immune system,acquired immune systemと表現するので,どっちでもいいと言われてしまいそうですが,それはいけません。
第2段階は,expression(発現)も processingも当たり前過ぎてしっくりきません。日本語だけでも,誰かわかりやすい言葉を決めて欲しいものです。
第3段階は,interferenceしかないのでしょうが,日本語にすると「干渉」ですので,石野は明確に「切断」と書いたのかもしれません。ただ,「切断」だけだと,その結果どうなるのか,どのような意味を持つのかまではわかりません。「干渉」の方が過程の目的が明確になります。
科学は,現象を厳格に定義することで発展してきました。それが学術用語であり,その積み重ねがあるから議論が成立します。したがって,CRISPRについても,「CRISPR」自体がいくつかの変遷を経て今に落ち着いたように,これら3つの過程をしっかりと定義して欲しいですね。
そして,日本語での学術用語ですが,日本は西洋の科学を独自に翻訳し日本語の学術用語を生み出してきました。それは日本語で考える行為にとって非常に大きな役割と果たしてきたと思います。たとえ若い日本の科学者が英語に堪能で,英語で考えることができるようになったとしても(本当かしら),日本語としての明確な学術用語を作ることが重要だと思いますが,いかがでしょうか。
では,体を大切にしてください。
草々
2016年10月 2日