Image Integrity
前略
以前,実習で描いた動物胚のスケッチをいただいたことがありましたが,あの時は,高校時代に比べてずいぶんと描画ソフトに慣れたものだと驚いたことを思い出しました。といいますのも,先日,Natureの "Image doctoring must be halted" (Nature vol.546.28 June 2017., PDF file "Image rights" (Nature 546,575 (29 June 2017) doi:10.1038/546575a)という記事を読んだからです。
この記事は,生命科学系アーティクルの図版,つまり顕微鏡写真,電気泳動ゲルの写真などについて,重複,切り貼り,(左右・上下・表裏)反転,一部の削除などの加工が多く,研究者の倫理とジャーナルのチェック体制について問題提起したものですが,別に今急に問題視されるようになったわけではありませんよね。
重複などは意図的なものではなく原稿作成時に間違ってしまったという事例も含まれているのでしょうが,切り貼り,反転などは明らかに意図的なものですね。仮に,悪意などない単純な原稿作成時の取り違えやデータ管理がsloppyなせいだとしても,そのような管理しかできない研究者のペーパーなど信頼できないのではないでしょうか。
問題は,なぜこのような事例が増えたのか(増えたの?),どうすれば無くせるかですね。
私が学生の頃はデジタルカメラなどありませんので,当然銀塩写真,基本的にはモノクロで,コスト削減のためフィート缶(100フィート)で購入し,必要な分だけ暗室でパトローネ(フィルムのケース)に詰め,現像液等も自分たちで調製していました。顕微鏡カメラには露出計がついていないので,勘で撮影。心配なので±2,3枚撮影。もともと顕微鏡写真はコントラストが弱いので,それを考慮して現像,フィルムを現像タンクから出すまでハラハラドキドキでした。ちゃんと写っていなかったら実験全部やり直しになるかもしれないわけですからね。
でも今は撮影後すぐに確認でき,カメラ内である程度の補正ができ,その後もPhotoshopなどをwieldできるdigital eraなわけです。銀塩時代の写真の加工に比べたら,今の画像処理は人の眼では容易に気づかないくらいの加工など簡単にできてしまいます。そういった加工そのものへの技術的なハードルが下がり,心理的なブレーキも緩んでしまっていることも一因でしょう。
でも,それだけではないでしょうね。バイメディカル領域は研究者の数も多く先陣争いも激しい領域です。インパクトのあるペーパーをたくさん発表しなければならない圧力に常に晒されているでしょう。曖昧な結果を強く主張できるものに見せなければならない,注目されるペーパーを毎年一定数発表できなければ,影響力のある研究と見なされず,研究費を確保できません。そうなれば,もうこの後はあえて書くまでもないでしょう。
何ら成果を上げることができなくても地道に研究を続けることができる,そういった寛容さが成熟した社会というものだと思うのですが,そんなことを言っても解決になりませんね。
人情としてきれいな写真にしたいもの,たくさん写真を撮っても現像代がかからず,保存もかさばらない。ゲルのちょっとしたずれ,ゴミ,コントラストの低いバンド,やり直すには時間もさることながら,試薬等の経費もかかる,マウスをちょっと数回クリックすればなんとか使えるよね,という環境は,研究者にとって逆に厳しいものでしょう。銀塩時代も,トリミングはもちろん,現像や焼き付けで明暗,コントラストを加減できました。画像の一部だけ濃くしたり薄くしたり(覆い焼き)もできました。だからというわけではありませんが,ある程度のコントラストや明暗調節は許容されるでしょう。そもそも,投稿時に,画像のサイズ,解像度,カラー調整など指定されるでしょうから,撮影したものをそのままということはありえません。でも,コントラスト,明暗調節だけでも,度が過ぎれば「在るもの」を「無いもの」にし,「無い」と判断すべきものを確かに「在る」ようにすることはできます。程度問題ということでしょうが,そうは言っても,これまた問題の解決になりませんね。
ジャーナルによっては,査読段階でイメージをチェックしているところもあるようです。それは1つの大きなブレーキになるでしょうね。上に書いた生命科学系研究者が置かれている現在の状況も合わせて考えると,残念ながら研究者の倫理に頼るだけにはいきませんからね。
そして,外からタガをはめられるのではなく,研究者自身の自浄努力が必要でしょう。最初に挙げたNatureの "Image doctoring must be halted" では,"scientific integrity" について,誓約書を書かせたり,定期的にセミナーを開いたりしている大学,研究機関も増えているとありますが,あなたの大学はどうですか。ちゃんと指導を受けていますか。「倫理」も「技術」も両方必要ですよ。大学の先生方の中には変なところで「自主性」「自律性」を強く主張する人もいるのではないでしょうか。研究室ごとの旧来の徒弟制的指導では間に合わない時代だと思いますが,間違っていたらごめんなさい。
もう1つ最近気になるのは,author contributions,つまり authorship の問題です。共同研究における役割分担がわかり問い合わせ先もはっきりしますので,このような情報が提供されることは,たぶんいいことなのでしょうね。でも,共同ってなんでしょうね,どのような関係を言うのでしょう。発表された内容にそれぞれの共同研究者はどのように責任を負うのでしょう,同じ責任,それとも責任も分担でしょうか。まだ記憶に新しいあのスキャンダルも,(別に擁護するとかしないとかではなく)なんとなく一部の人だけがすべての責任を負わされたように私には見えます。共同研究が当たり前の領域,時代にあって,やはり互いのデータを厳しく検証し合う(上も下もない)関係が重要であるように思います。互いに信頼し合うのは「美しい」ですが,ひとたび問題が発生すれば,だれもそんなことを褒めてなどくれませんからね。
さあ,また勉強しなさいよ,という手紙になってしまいましたが,でもはっきり書きましょう。あなたもぜひ,写真の管理(イメージの形式,解像度,画像サイズと印刷サイズ,レイヤー,色の管理など)についてしっかり勉強して下さいね。
では,体には十分気をつけて下さい。
草々
2017年7月5日