Recruitment
前略
いろいろなreviewを読んでいると,recruit,recruitmentという表現に度々出会います。
例えば,CRISPRに関連するreviewでは,
Cas3 can be recruited by Cascade upon target binding, ......
T1DとERストレス関連のreviewでは,
When activated, PAD ( peptidylarginine deiminases ) are recruited to various subcellular compartments to modify proteins
転写関連機構では,
In vivo, the DNA is packed into chromatin and transcription is dependent upon activators that recruit other factors to reverse the repressive effects of chromatin.
など。分子だけでなく細胞をrecruitするという表現もあります。
では,Cas3は具体的にどのようにCascadeによってrecruitされるのでしょうか。PADをrecruitするのは直接的には何でしょうか。アクティベーターはどのようにして転写オンのスイッチを押すことができるような因子を集めることができるのでしょうか。これらはどこにも書いていないのです。
生体高分子は十分に近くに集合・存在しており分子運動によって高確率でそれぞれの「活性中心」にうまく入り込む,だから特別な仕掛けは不用なのだ,謂わば「自己組織化」が起こるのだ,と考えるか,あるいは,すべてではないにしても何らかのガイドとなる機構が存在しているだろうが,不明なのでまだ触れていないのか,さらには別な考え方が可能なのか,さてどうなのでしょうか。
試験管の中で再現している酵素反応は単純に分子の熱運動によるもので,分子同士が接近した時に何らかの分子間力などが関わるとしても,基本的には「偶然」酵素基質複合体が成立して,反応が進行するものでしょう。誰かが酵素と基質をお見合いさせているわけではないのですから。一方,タンパク質は一次構造が決まれば三次構造も自動的に決まるのだ,と言われながら実際にはそうではないことも明らかになっています。つまりシャペロンなど,整形のための機構が存在するわけです。では,recruitementはどうなのでしょう。
そもそも細胞内にはタンパク質はどのくらい存在しているのでしょうか。以前読んだJT生命誌研究館・季刊誌「生命誌」で,細胞はジャングルのようだ,という記述を思い出しました。京大大学院医学研究科分子細胞情報学教授の月田承一郎で,「生命誌」通巻9号に,『……細胞内の、たんぱく質などの分子の濃度はきわめて高く、水溶液で言えばもうほとんど飽和状態に近いとも言える。…』とあります。
細胞を一辺 c (μm)の立方体とし,次の条件で単純な計算をしてみました。
  • 原形質中のタンパク質濃度:10 - 15 (wt%)
  • タンパク質の平均分子量:50,000 ~ 150,000
  • 細胞の体積:c3 (μm3) = c3 × 10-12(cm3) = c3 × 10-15(L)
  • 細胞の密度:1 ( g/cm3 )
とすると,
  • 原形質中のタンパク質含有量:c3 × 10-13 ~ 1.5 × c3 × 10-13 (g)
  • 原形質中のタンパク質の物質量:6.7 × c3 × 10-19 ~ 3.0 × c3 × 10-18 ( mol )
  • 原形質中のタンパク質のモル濃度:6.7 × 10-4 ~ 3.0 × 10-3 ( mol/L )
  • 原形質中のタンパク質の分子数:4.0 × c3 × 105 ~ 1.8 × c3 × 106
となります。
タンパク質を細胞内に等間隔で配置することを考えてみましょう。細胞を単純な立方格子と考え,格子点にタンパク質を配置するということです。そうすると,一辺あたりのタンパク質の個数は,分子数の立方根ですので,74c~122c個となり,タンパク質は細胞の縦,横,高さの各方向に,1000c(nm)/122c ~ 1000c(nm)/74c 間隔,つまり8 (nm) ~14 (nm)間隔で並ぶことになります。タンパク質をすべて球状として,その大きさを考えると直径5nm程度(文部科学省ターゲットタンパク研究プログラム(PDF))でしょうか。するとほぼ隙間なく「箱詰め」できたことになります。最密充填ではありませんが,細胞内はタンパク質で満たされており,その他の低分子はタンパク質の「体心立方格子」の隙間に存在することになります。先の月田教授の話の「飽和」どころではないということになります(ちなみに,タンパク質の分子数を半分にしても,タンパク質間の距離は2割しか増えません)。 さて,これをどう考えたらいいのでしょう。
細胞膜のレセプターがシグナルを受容し,細胞内でシグナリング・パスがはたらき,核へ情報が伝達され,云々,といった模式図も多く見かけます。タンパク質はこんな混雑した中でちゃんと仕事をしているんですね。いったい,誰がどのように交通整理をしているのでしょうか。細胞内には膜構造もあります。微小管,微小繊維もジャングルのように広がっているのでしょう。いったい,タンパク質は仕事仲間をどのようにしてrecruitしているのでしょう,拡散という性格を持った生来の風来坊分子が,周囲のさまざまな分子からの分子間力による誘惑にも負けず,仕事に精を出す。実に感激的な光景ですが,現実の細胞はどうなっているのでしょうか。
昔の教科書にはこんなことは書いてありませんでした。今の教科書には自明のように載っているのかもしれませんね。私が無知なだけかもしれません。
では,体には十分気をつけて下さい。
草々
2016年 6月14日