Who Owns the Research Project?
前略
ご無沙汰しておりました。さっそく本題に入ります。Natureの "Stop blocking postdocs' paths to success" (Nature vol.548.31 Aug 2017., PDF, doi:10.1038/548517a)というスタンフォード大学医学部で神経生物学教授をしているBen A. Barresの記事を読みました。
"..., should a postdoc be able to take their research project with them when they set up their own lab?"
何が問題なのかすぐにはわかりませんでした。ちょっと考えて,「のれん分け」の問題なのかなと思った次第です。もちろんそれは大きな問題の入り口ということです。タイトル通り,若い研究者を邪魔しないようにしよう,というBarresの熱い思いが綴られている記事です。
ポスドクが研究資金を得て独立したラボを運用できるようになった時,それまでの研究プロジェクトを継続していけるかという問題です。"research project"とは何を指しているのか読取りに不安がありますが,ラボの目的に相当する研究の大きな枠組みの中の個別の具体的な研究テーマを指しているように見えました。そう考えると,研究プロジェクトを持ち出さず,残していって欲しいと願うPI(主任研究員,責任研究者,研究主宰者,日本語訳は何?)には,代わりに新しく入ってくるポスドクにその研究プロジェクトを引き継がせたいという思惑もあるからということになるでしょう。そうやって引き継がれた研究が花開けば,ラボの成果となりますからね。
さらには,Barresも書いているように,「私はその研究領域の発展にすべてのキャリアをかけているのに,ポスドクはわずか数年しか費やしていないし,私のこれまでの研究に頼っているではないか」と思うPIもいるだろうという話です。そんな"ungenerous"な科学者が本当にいるのかしらとも思いましたが,実際,いらっしゃるんでしょうね。
同じ領域を研究する上で,ライバルと言うよりは共同研究者としての関係でいることもできるでしょうし,互いに情報交換し合い,その領域を発展させるよきライバル関係にもなれるでしょう。何より,「出藍の誉れ」のように,自分のラボから独立した若い科学者がどんどん成果を上げていくならば,メンターとして嬉しく誇らしいものであり,これほどのご褒美はないように思えるのですが。Barresも,「私の最も大きな不満は,私の人生の間に答えを見つけ出せない疑問があるということだ。そして大いなる慰めは,私のもとで研究したたくさんの素晴らしい若い科学者たちが,自分のラボを持ち,私が逝ってしまった後もこの分野の研究を続けてくれることである」と書いています。
Barresはまた,大学院生は関心のあるラボの研修記録を研究し,メンターとなる人に研究プロジェクトに関するポリシーを確認すべきで,研究を支援する組織・団体が研修助成申請書からすべての研修生リストを作成しデータベースとして公開するようになれば,大学院生が研修履歴を参照することでポスドクのメンターを選ぶ上での資料になるだろうとも言っています。
合衆国にはNational Postdoctoral Associationという組織があって,ポスドクへのさまざまな支援を行っていますが,さて日本ではどうなっているのでしょうか。
ちょうどこれを読んでいる時,読売新聞で野依良治氏の『論点 大学の研究力 若手独立が鍵』という記事(2017年9月12日12版11頁,On Line版は登録必要)を見つけました。日本の大学の研究力が低迷している現状を打開するには,若手の独立した研究体制が必要であり,大学の構造と研究資金分配のあり方を変える必要がある,といった趣旨の記事です。
野依氏の記事にあるように,依然としてすべての学生が教授をトップとする「研究室」に所属し,独立した研究がしづらい環境にあるのか私にはわかりません。私が学生だった40年以上も前を思い起こすと,教授,助教授,助手はそれぞれ独立した研究を追いかけていたと思いますが,あるいは大学,科学の分野,研究領域によって,例えば巨大な加速器を使う素粒子研究やコンピュータ・シミュレーションが多く入り込んだ理論天文学など,違いもあるのかもしれません。
ともあれ,日本だけでなく野依氏が取り上げているPI制度のアメリカでも,若手の置かれている状況が厳しいことに変わりはないということです。
研究者が若いうちに独立して自分のラボを運用できるようになったとしても,実績のある資金も潤沢なラボと同じように比較されては気の毒です。Barresは,「科学が完全に自由な競争のもとでこそ最も発展するなどと思っていない。 大きな,確立した研究グループを若い科学者の生まれたてのラボと競わせるのはフェアではない」と言っています。ラボの評価を単純にペーパーの数や引用数で行ったのでは若手は育ちません。長期にわたって寛大な姿勢で育てる土壌が必要ということです。
最近は答えをせっかちに求め過ぎますし,社会への貢献という形容が必要以上に重くのしかかっているように思います。そういった社会の空気も含めて,大学,大学院といった高等教育のあり方(初等中等教育も含みますが),ポスドクやその後の独立した研究者に至るまでの道筋,研究費の分配,研究成果の評価などを考えていかないとよい未来は見えて来ないでしょう。あなたの将来を考えると心配事は尽きることがありません。
Barresは,
"In this increasingly competitive world, where it is harder than ever for young scientists to get off to a good start in their own laboratories, it is incumbent upon us as a community to ensure that those to whom we hand the baton are treated equitably."
と結んでいます。彼自身の経歴も考えると,"equitably"についてより深く考えさせられます。そして,さらに彼自身が今抱えている運命を重ねると,若い科学者を育てることへの彼の姿勢がより一層強く伝わってきます。多くの人がこのような思いを共有し,若い科学者たちを支えて欲しいと祈るばかりです。
では最後に,あなたの所属するラボが"generous"な雰囲気であることを,そして,あなた自身が自分の体を十分にいたわることを願っております。
草々
2017年9月16日